人魚王子の憂鬱


「ソル王子」
「ソル王子」

人々の声にうんざりとしたようにソルはその宵闇のような色をした瞳をぎゅうと閉ざした。
くだらない。
その一言も言えない自分も随分と滑稽だとは思う。
何故こんなにも海は広いのに窮屈なのか。海の皇ポセイドンがニンフたちばかりを優先するからじゃないのか。
げんなりとしたように溜息をこぼせば泡がたつ。

座礁したのは偶然で、うたたねをしていた結果危うく死にかけた。
偶々其処を通りかかった人が自分の二の腕を思い切り掴んで海に放り込んでくれたからよかったものの……たまにソルはそのことを思い出すと両手を合わせて、その彼女がいる方向へ向ける。
彼女の名前を聞きそびれたことを少しばかり後悔したが、ポセイドンの六番目だったか八番目だったかの娘が人間に恋した結果泡になって消えたという話を聞いて「極力人間には関わっちゃダメですよ」と言われてる手前、警戒心をむき出しにしてしまった。
人間からすれば人魚の血肉は不老不死になれるらしい。
随分とお互いに曲解をしているものだなあ。
呑気に考えながら尾鰭をぐり、と動かし彼は泳ぎ始める。


「あ、いた。ソル王子」
「……ん」

人魚の反映の仕方は王がいて、そこに沢山のマーメイドたちがいて、彼らは王に見染められ宮殿に召し上げられる。
種族反映のために沢山のニンフが宮殿にいて、ポセイドンの相手をして、子をなして。
そこから王の血を分けたマーマンの中で最も力が強い者が「王子」として扱われ、次の王になる。
……だが実際、海の皇なんてものは神であるため、ソルが海の皇になることはきっとかなりの時間を有するであろうし、実際にソルの前にいた王子も、その前にいた王子も皇になる前に精神的にも肉体的にも力尽き、果てた。
だからきっとソルも、王子のままで終わる。そのことに対して彼は不満を抱くのではなくただただ、諦めていた。

「王子?」
「なんでもない」

そんなことを、人間のあの人が言ったらなんて思うのだろうか。
ぼんやりとそんなことを思いながら、彼はぴかぴかと光る黄金の腕輪を海越しの空にかざした。

Back
Template by Soprano!