もう少しだけここに
「ここ、間違ってるわよ、あとこっちも」
「うげ」
手渡された解答用紙に一つ一つ赤ペンでチェックを入れながら明日香は小さく溜息をつく。 間違いだらけで丸がつく確率が極端に低いのは、この答案を出したのが十代だからだろう。
このままでは3年生に上がれないかもしれない。 そういわれて泣きつかれたのが昨日。
性格から放っておくわけにも行かず、レッド寮で勉強会を開いているのだが――。万丈目は自分の試験の対策を練っているし、翔は昇級試験がある。つまり、面倒を見れるのが明日香しかいない。
「フィーリングじゃなくて、どうすれば効率的にいくか、を答えるのに如何して「ノリ」って答えてるのかしら? 十代」
米神を思わず押さえる明日香に、十代はあはは、と軽く笑ってみせる。全く、どこまでも能天気なものだ……。
呆れて物も言えないが、十代の笑顔は自然と場を和ませる効果でもあるのか、知らぬ間に明日香の口元も緩む。
「なー明日香」
「60%行かなかったら追試よね? ……これ、問題作り直してあげるからやり直しね」
「うげぇ……」
面倒だなぁ。とぶつくさいいながら十代は教科書と睨めっこを再び始める。
何か話しかけられたので明日香は首を傾げたが、彼は問題と葛藤を始めてしまったので、聞くタイミングを逃してしまった。
「……」
「だー分かるかー!」
机をバシバシと叩きながらあきらめた様に頬を机に擦り付ける。
十代に論文といったような机上で行うことは相性最悪、といってもいいのだろうか。しかし自分達が専攻しているデュエルモンスターズというカードゲームは大本を正せば卓上でやるようなものだ。
その面白ささえ見出せれば楽なのだろうけれど。
そんなことを思いながらも格闘をやめない十代を見ながら明日香は小さく溜息をついた。
「明日香?」
「……何かしら」
「いや、さっき吹雪さんに会ったの思い出してさ。 ラブレター貰ったんだって?」
唐突な言葉に目を丸くした。
何を言い出しているんだ、彼は。
いや、寧ろこの場合は実兄が何を彼に吹き込んでいるんだ――!という憤りのほうが強かった。
呆れて物も言えず、繁々と十代を見れば十代はシャープペンシルを動かしながら、特別意識した様子も無く話し続ける。
「相手、先輩だろ? いいのかよ」
「……先輩だろうと後輩だろうと、恋愛とは関係ないとは思うけど?」
ぽつりと呟いた言葉で我に返り、何を言っているんだと内心あせるが十代はこれといって反応を返すわけでもなく、小さくふぅん、と言っただけだった。
「……十代」
「何だよ?」
「ここ、間違ってる」
「まだ解き終わってないのに答え言うなってのー!」
文句を言う十代に、小さく明日香は笑った。
まだ、この関係でいい。 もう少しだけ、この関係で、良い。 ライバルで、仲間で、傍に居るのが当たり前。 男女ではなく一人のデュエリストとして認め合えたら。 そう明日香は願わずには居られない。
いつまでも仲間、仲間といっていられるわけではないことを知ってはいるけれど、願わずには居られない。
神様、もう少しだけ、と。